鳥の巣箱

せまいところですが、ごゆっくり

【アルバニア旅行⑤】アルバニア人青年とのお話など

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ひたすら歩いたマケドニアアルバニアとの国境


アルバニア警察が謎だった件

だが、問題の入管でまた通せんぼを喰らった。今度はアルバニアの入管で何故か私を乗せてくれた優しい兄弟は車を取られてしまった。入管はクリント・イーストウッドを怖くしたような見た目でいかついゲシュタポを思わせる制服を着ていた。長い間兄弟と議論を交わしていたが、車は返してもらえず、私たちは近くのカフェに入ることになった。「私を連れているからこうなったのか」と聞くと「いや、アルバニアの警察は何かとイチャモンをつけて賄賂を要求するのさ」と言った。兄弟には何の非もなく自分たちの車を取られ、「返して欲しけりゃ金よこせ」ということらしい。兄弟は友人に電話をし、迎えに来るように頼んだ。

弟は私よりも年下だった。英語がとても流暢なのに大学にも行かず、定職にもありついていないとのことだった。日本のヤクザ映画を見たことあると言った。

鳥「そういえば、ポグラデッツに映画館ってある?」

弟「昔はあったけど無くなったよ」

鳥「そうか、っていうかアルバニア映画ってあるの?」

弟「今、作り始めてるところだと思うよ、でもまず経済がよくならないことにはね、EUに入ろうとしているところだけど、上手くいってないみたい」

鳥「EUだって上手くいってるとは言い難いし、アルバニアはこれでいい国だと思うけどなぁ」

弟「うん、そう。アルバニアはとってもいい国さ。アルバニア人は他人に卑屈にもならないし、意地悪にもならない。外国人にだって注目もしないし、嫌いもしない」

鳥「そうそう、そういう感じが好きなんだよね」

弟「あ、でもコソヴォの人はバカで野蛮だから行かない方がいいぜ」

鳥「そうなんだ笑」

弟「あと、ポグラデッツはまだ観光とかあって栄えてるけど、アルバニアの本当の田舎の人間は他人のことを考えない。ポイ捨て平気でするし、人が困ってても無視する」

 

同じようなセリフを私はパリ滞在中に聞いた。私が「パリの人は本当にみんな親切ですね」というと、その人は「それは君がパリの中心に住んでるからだよ。パリの北に住んで同じことが言えるか試してごらん」と言った。

私はオフリドが大観光地でつまらないと思ったけど、外国で私たちが見ているのはどのみち、その国の本当に栄えた美しいものの断片でしかない。貧困で教育の機会も移動の自由もそれを考える余裕すらない人は卑屈にならざるを得ない。私はその人たちには行き届いていない、経済の恩恵を受けたアルバニアの中でも行き届いた道路、バス、街という安全な動線上で移動を繰り返しているに過ぎないのだ。場所が違えば私は死んで当然だった。経済の安全圏から私は何を言っているんだと恥じた。

 

彼らの友人の迎えの車が来て、兄の方が入管から車を取り返した。何故か助手席にはあの意地悪イーストウッドが乗っていて、ちゃっかり送ってもらっていたので「自分がそろそろ上がりだから送りの車を差し押さえたんじゃ」と思えた。でも車内では兄弟と親子のように楽しげに話をしていたからいいかって観光客っぽい感想を持った。

 

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ジロカストラはアルバニア最大の観光地だった点

次の日、大好きになったポグラデッツを後にした。例によって、もっとアルバニアを見たいという気持ちが先走ったのだ。次なる目的地はアルバニアの古都であり最大の観光地であるジロカストラに決めた。ジロカストラは、アルバニア人ノーベル賞作家のイスマイル・カダレと、有名なスターリン主義独裁者のエンヴェル・ホッジャの生まれ故郷で、文化の中心と言えるかもしれない。ポグラデッツからジロカストラにいくには、まずエルバサンで乗り換え、フィオールで乗り換えて行かなくてはならない。私はまず、ティラナ行きの大型バスに乗り、エルバサンまで行った。大型バスはちょうど通りを走っていたところを乗せてもらったのでほとんど席が埋まっていて先頭の席に座った。なので、アルバニアの道路でいかに動物の死体が多いかたんまり見ることになった。運転手と運賃徴収係と私の隣に座っていた女の人はまるで幼馴染見たく終始はしゃいでいた。猫の礫死体があると、「ぎゃーおおおおーう」と目を隠し、吐き気を堪え、同業者とすれ違うたびに様々なバリエーションで挨拶をし、飛び出した老人に向かって全身を使って叱った。エルバサンからは少し歩いてバス・ターミナルまで行ったが、マーケットを通るときに高校生や店の人にやたら反応された。おそらく、割と外国人に慣れている地域なのだろう。私はその反応に慣れなかったので、美味しそうな屋台もすべてスルーした。フィオールからジロカストラに行くバスではいつもよりも2倍近く高かった。もちろん時間もかかったのだが、いよいよ観光地に行くのだなと身構えた。案の定、ジロカストラに着くとタクシーが待ち構えていた。私は目当ての安宿の住所のところまでタクシーで行った。ホステルの主人は私に最初一泊15ユーロだと言った(アルバニアでは現地通貨のレクとユーロどちらも使える)私は他の人のブログで10ユーロだと読んでいたので、値切り交渉をすると10ユーロまで下げた。しかし、そこまであっさり下げられると返って「さっきはふっかけたな!」という不信感がふつふつと湧いて来た。そして、なぜかもっと更なる値下げを要求してしまった。主人は「10ユーロがジロカストラの宿では最安値だぞ」と言ったが私は信用できず、「他の宿を見てから決める」と言って後にした。

 

 

 

【アルバニア旅行④】マケドニアとアルバニアの国境でヒッチハイクOhrid-Pogradec

アルバニア国境までバスがあるはずだ。でも私はなんだか歩きたい気分だった。来るときここまでずっと一本道だったし、途中までオフリド湖に沿って歩くのは気持ち良さそうだった。30キロ、車では約40分。私は中学のころ体育のマラソンで3キロを約20分で走っていた記憶がある。20分×10で約3時間。走るのではなく早歩きなので2倍の6時間くらいで国境まで行ける計算だ。今はちょうど昼だから夕食時くらいまでには着けるだろう。この計算は全くの不正解であったことが後に判明する。

さあ出発だ。

  

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大観光地なので人通りが多い

 

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沈みゆく太陽を追いかけながらひたすら湖沿いを歩く

 

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まだまだ余裕だと思いながら、暑いのでダウンを脱いで歩く。汗を流す

 

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やたら木の写真を撮る

 

 

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カップルいいなーとか思う

 

 

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やたら木を撮る

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湖って海とちがって波の音がしなくて、ずっと見ていると穏やかな気分になる。

 

旅人と再会

ここで、アルバニア側から走ってきた乗用車が通り過ぎ、バックして私の隣に止まる。渋いおっちゃんが運転している。その助手席から手を振ってる女性。ベラトの宿で一緒だった台湾人女性だった。わー今からマケドニア?ああ、そうかそれからブルガリアに行くですよねーわーと嬉しくなる。運転手のおっちゃんが「もうすぐ日が暮れるからこの車に一緒に乗って、今夜はオフリドの宿に泊まりなよ」と言う。私はもうオフリドを観光し終えて、宿があるポグラデッツに歩いて帰ると言う。おっちゃんが言う。「歩いてポグラデッツ?国境まであと20キロ以上あるぞ」

え、嘘

気分的にはもう中間地点は過ぎたと思っていたので、めっちゃ焦るが

「日が暮れたら、適当にヒッチハイクするから大丈夫!」と言って別れる。

私が捕まった胡散臭いおじさんとちがって、あの台湾人の運転手はめっちゃ優しいし、英語上手だし、渋くてカッコいい。彼女はホントに旅玄人だな、と思う。ベラトでまるで黒子のように異邦人である自分の影を消してカメラで撮影していた姿といい、改めて尊敬だ。人を見る目も肥えてる。

 

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ヒッチハイクが意外に難しかった

日はあっという間に暮れた。道は一本で道なりだし、10キロは歩いたからあとその2倍歩けばいいってことでしょ?だ、だ、大丈夫、大丈夫!ここまでは写真撮りながらゆっくりし過ぎたのだし!と思いながら急ピッチで歩くがすぐに大丈夫ではないと悟る。

まず、暗いのだ。街灯が街を通り過ぎるとき以外は全くなく、たまに通る車のヘッドライト以外光源がないのだ。iPhoneでしばらく足元を照らしていたが、途中木の写真を撮り過ぎたのでバッテリーがなくなった。

そして寒さだ。山の気温は日没とともにほんの急速に冷えていった。日中暑くて脱いだダウンを羽織り、チャックを首元まで締める。それでも冷気がジーンズをしみて体温を奪っていく。手や首元から氷のように冷えて行く。

これはダメだと思った。こんな暗くて足元もおぼつかないのに歩きからマラソンに切り替えることなんて到底できない。そもそも10キロを5時間で歩いたのだから、このまま歩いたら朝になってしまう。

人生で初めてヒッチハイクをすることにした。行きは歩いているだけで向こうから話しかけてくれたのに、帰りは自分を追い越して行く車は「飛び出してくんなよ」という意味でププーとクラクションを鳴らして通り過ぎて行く。森の静寂の中、遠くから車が走ってくる音が聞こえる。「よしこの車に乗せてもらおう」と決める。ヘッドライトがほんのり自分の足元を照らす。「よし、今だ!」と意を決すが、手が上げられない。自分を乗せようとして入管で怒られたおっちゃんの車だったらどうしよう、「乗せて欲しけりゃ1万ユーロ払え」とか言われたらどうしよう。そんなこと考えると手が上げられない。手を挙げるという行為自体、小学生以来やっていない気がする。皆大好きな多数決をとるときも私はずっと“中立”という立場をとるために手を上げなかった。いやいや、ティラナでも声をかけ続けたら道がひらけたじゃないか。自分に打ち勝つんだ。と自分を説得するが、手を挙げることが恥ずかしい、ちっぽけな自尊心が手を挙げさせなかった。何台か車がアルバニア方面に走っていく。だんだん、「別にヒッチハイクしなくてもよくね?」と不要な自尊心を正当化し始める。「だって道なりじゃん、道路も舗装されてるし朝まで歩けば別に良くない?その方が冒険じゃん」この主張に納得して手を上げようとするのを辞めた。でもしばらくこの“冒険”のなかで思った。「今、たった今自分がサイコパスに殺されてバディを透明にされたとしても誰も気づかないんだろうな」自分の儚さを思ったら手が上がった。3台目で車が止まった。あの胡散臭いおっさんでは幸いなく、ポグラデッツに住むアルバニア人兄弟の車だった。後部座席は物でいっぱいだったが、「ポグラデッツに行きたい」と言うとすぐにスペースを作って乗せてくれた。お兄さんの方は全く英語が喋れず終始無口だったが、ガサゴソとチョコレートを取り出し、私に手渡してくれた。弟の方は洋ゲーで学んだというかなり流暢な英語を喋った。「大丈夫、ポグラデッツまで送るよ」という言葉にどれほど安心したことか。

【アルバニア旅行③】アルバニアから一歩出てみたPogradec-Ohrid

首を縦にふる男

ポグラデッツはヨーロッパ最古の湖と言われているオフリド湖を挟んで、隣国のマケドニアと国境を接する町。夏は湖目当てで多くの観光客が訪れる。結構大きいホテルもあって、バックバッカーズホステルもあった。私は後者に宿泊したが、やはり閑散期ということで宿泊客は私だけだった。

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ポグラデッツのバッカーホステル


到着した日はもう日暮れに近かったけれども湖の周りを散歩。思った以上に綺麗で落ち着く場所だった。小学生くらいの子供達がわさわさと近寄って「ポグラデッツはどう?綺麗でしょう?」と習いたての英語で話しかけてくる。事実美しい。町の規模はベラトと同じくらいだが、湖の周りでいつも散歩するからか穏やかな空気が人々から感じられる。次は湖で泳げる時期に来たいと思いつつ、観光客がいないのんびりした雰囲気もじんわり染みる。

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次の日、私は朝からお隣のマケドニアオフリド市に行くことにした。車で1時間弱なので日帰りでも十分行けそうだ。ポグラデッツからオフリドに行くには、まずミニバンに15分くらい乗って国境まで行く。それから入管を通ってマケドニアに入り、バスに乗り換えてオフリド旧市街まで行く。私はホステルのオヤジから教わった通りの場所で、ミニバンらしきものが止まってたので、声をかけた。「オフリドに行きますか?」運転手は黙ったまま一回すっと首を横に振る。「(このバンじゃないのか)じゃあどのバンがオフリドまで行くんですか?」うんちゃんは「?」の顔。もう一度聞く「これはオフリドに行く?」首を横に振るうんちゃん。「あぁ、そうですか、じゃあとりあえず他を当たります」と言って行こうとすると、うんちゃんは「えっなんで」と言うように止めようとする、「オフリド行くの?」もう一度聞くと、うんちゃんは私をバンに促す。中学生のころ、ブルガリアではYesの時に首を横に振り、Noの時は首を縦に振るという豆知識を英語の授業で習ったことがあったな、と思い出す。THE・異文化交流。

バンは15分くらいで国境に着いた。車が列を作っていたが、私は歩いて行こうとした。すると1人のアルバニア人の男がわりと流暢な英語で話しかけて来た。

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アルバニアマケドニアの国境

車に乗せたがるアルバニア人

オフリド市内まで30kmあるから歩きは無理だよ、僕は今日オフリドで用事があるから市内まで君を連れて行ってあげる。帰りも乗せて帰ってあげるから●●レクでどう?」私はバスに乗ると言って立ち去ろうとしたが、こいつがなかなかシツコい。断っているのに追いかけてきて、自分のパスポートなんかを見せてくる。今の私ならこんな輩はガン無視だが、その時はアルバニアの非観光地的雰囲気で耐性を失っていて、押しに負けて、その男の車に乗ってしまった。でも乗ってからすぐに後悔した。バスの本数が少ないなんて出まかせに決まってる。こいつは非合法な個人タクシー業者だ。要求金額も法外に高いに違いない。アルバニア人の中でも異例の胡散臭さ放つ男の車になんで乗ってしまったんだろう。アルバニアを旅する人の共通の感想として、アルバニア人はいい意味でも悪い意味でも観光客を特別視しない。釣銭をごまかされたり、ぼられたり、不快な客引きにあった人の話を聞いたことがない。すでに書いたように、観光産業で儲けられるほど観光客がいないからだ。

後悔が止まらない中、車はアルバニアの国境を通過し、マケドニアの国境を越えようとしたところで問題が発生した。理由はわからない。とにかく入管の職員と男が激しい言い争いをはじめ、職員は私に車から降りるように言った。職員は私にマケドニアに何しに行く?と聞いて、私は「オフリド市内を観光して今日中に戻る」と言った。職員は「路なりに5分歩け。バス停があるからそこでバスに乗って行くんだ」と言った。はいそうするつもりだったんです!と嬉しさ半分と動揺半分だった。職員の男に対する高圧的な態度と怒鳴り声でびびってしまっていた。そそくさとその場を後にした。もう、自分の足と公共交通機関だけで行こうと心に決めたが、歩けども歩けどもバス停がないのだ。10分以上は歩いているはずだが、あるのはコンクリの道路。と乗用車しかもそのアルバニア側からの車がいちいちクラクションを鳴らして乗らないか?と止まるのである。中には金額を提示する者もいて、タダで乗せてやるよと言う人もいる。低速で私の方を無言で見るだけと言う人もいる。今度も私は押しに負けて静かそうなアルバニア人の男の車に乗った。結局タダでオフリド市内まで来れた。

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マケドニアオフリド旧市街

カネが正常に回っている世界に帰ってきた感

マケドニアに入った瞬間、自分がよく知る世界の側に戻ってきたな、という実感があった。北朝鮮から韓国に行ったら同じ感覚がするんだろう。経済が世界水準に回って、余剰な物とカネの循環の作用が行き届いている世界だ。例えば道路がキチンと舗装されているとか、古くなったものは定期的にその機能が損なわれる前に新しく買い換えられているとか、道路にゴミや動物の死体がないとか、自然の空間やメカニズムと人間の領域が明確に線引きされている状態が砂埃の一粒に到るまで当たり前のように実現できているのだ。こうして隣国に一歩足を踏み入れて見ると、アルバニアと言う国が近隣の国といかに明確に線引きされ、独自のやり方で存続してきたのかと言うことが実感できた。さらに資本主義と社会主義の境に加え、イスラーム文化とキリスト正教文化の境も濃く感じた。アルバニアから一歩外の隣国に出れば、もうモスクはない。もちろん海を渡ればトルコがあるが。なぜバルカン半島の他の国と違って、アルバニアだけがオスマン帝国支配時にムスリムへの改宗が進んだのか。理由はわからないけれど、その偶然か必然がアルバニア独自の文化の核となり、社会主義からの鎖国への独自路線を走らせたのだ。

とそんなことを感慨にふけりながら考え、オフリド旧市街を観光したが。東方正教会の美しい壁画や建築を見にきた観光客でごった返した活況にいささか面食らってしまった。観光地はどこもディズニーランドと変わらない、あるのは夢「ここは東方正教会の聖地」と洗脳「ロゴ付き土産の山と、ソフトクリーム」のサイクルだ。旧市街は教会や、城跡と言った拠点ごとに入場料をとる。ボランティアガイドがいて、説明が終わるとチップをくれと言う。東欧中、中東方面からも観光客がきているみたいだった。こんな一大観光地だったとは・・・1時間ほどでアルバニアが恋しくなった。

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キリスト教世界最古級のモザイク

 

田壮壮『青い凧』中国共産党が怖いもの

田壮壮チャン・イーモウチェン・カイコーと同期でいわゆる「第五世代」に属する中国の映画監督です。

彼は1993年に監督した『青い凧』という映画で、中国当局によってその後10年間監督業を禁じられました。この『青い凧』どれほどの問題作なのか見てみると、過激な描写も主義・主張もなく、人情や時代描写が丹念に描かれた情緒と奥行きのある文学作品のような映画です。なぜ、この作品によって一人の才能豊かな監督の40代という一番働き盛りの時代が失われなければならなかったのか不思議になりました。

 

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チャン・イーモウ『活きる』との比較

中国戦後史を映画いた映画でまず、私が思い浮かべた映画がチャン・イーモウの『活きる』です。共産党の台頭から文革までをとある一家の視点から描いた映画でプロットは『青い凧』と同じです。この作品は中国国内では上映が禁止されたそうですが、チャン・イーモウのキャリアが潰されるには至っていません。

『活きる』ではこんなセリフがあります。

 

「ひよこが大きくなったら、ガチョウになる。ガチョウが大きくなったら、羊になる。羊が大きくなったら、牛になる。牛が大きくなったら共産主義になる」

これは大躍進時代に主人公が言うセリフです。

そして、映画の最後、文化大革命の終盤ではセリフはこう変わります。

「ひよこが大きくなったら、ガチョウになる。ガチョウが大きくなったら、羊になる。羊が大きくなったら、牛になる。牛が大きくなったら、マントウ(孫の名前)は成長してどんどん大きくなる」

 

時代は変わり、その時々で社会や主義が変わっても人は生きていくんだ。そんな普遍的なメッセージをこの映画では主題としていることが分かります。共産党時代ではなくあくまで人間ドラマを描いているのだ、というある種の予防線であるとも言えるでしょう。

さて、『青い凧』の方はどうでしょうか。

主人公が生まれる前、両親の結婚式はスターリンの死によって延期を余儀なくされます。新婚の両親が引っ越してきた四合院は、持ち主の奥さん共産党の追求を逃れるために分譲した一部屋です。そして時代は百花運動で共産党は様々な意見を集めようと、共産党の批判を広く募集します。しかし、のちに批判をした人は右派のレッテルが貼られ弾圧されてしまいます。図書館で働く主人公の父親は右派探しの会議中にトイレに行ったがために、右派にされてしまいます。下放された父親は労働中の事故で死んでします。

『青い凧』はただ淡々とこういった歴史事実を物語の形で私たちに語りかけます。『活きる』のように昨日の敵が吊し上げにあって、昨日の仲間が今日の敵になって、といったエンタメ要素は皆無で、共産党の蛮行を糾弾する主張もない代わりに、主題をオブラートに包むようなこともせず静かに、激動の時代を細部に到るまでを描写しています。いかに資産家や右派といった悪者が生成されたのか、その時代を生きていた人が何を考え、行動していたのか、何回見ても新たな発見があります。

創作秘話;死神との出会い

 田壮壮は1991年に自分の映画制作に対する姿勢を根本から変える出来事があったといいます。それまで監督は映画を自分の仕事として割り切っていて、サラリーマンのように時間が終われば即帰宅し、趣味の将棋や魚釣りをするような人だったそう。

でも40代に入ったある日、滅多に見ない夢の中で死神に会ったのだそうです。死神は雲のような姿で「私は死神だ」といって監督に「私のことが怖いか」と聞きました。監督は「怖くない、あなたは死神には見えない」と言いました。死神は言いました「実際、死というのは全く恐ろしいことじゃない」と

この夢から覚めて、監督は別人になったといいます。一つ心に誓ったのは「自分が撮りたくもないことを撮るのはやめよう」ということ。

『青い凧』はその体験があった直後撮られました。

この作品は田壮壮の幼少期の体験が基になっているそう。彼はご両親共に映画界の重鎮ということで文革の際に身柄を拘束されました。海黙という劇作家が同じ四合院に住んでいたそうで、毎日おしゃべりをしていたのだそうです。ある日彼の家に行くと古今東西の古典の本のコレクションを見せられて「これを全部持って帰れ」と言われた。重いからイヤだと言うと「少しずつでいいから持って帰りなさい」と言われて次の日また行くと、海黙は紅衛兵に連れて行かれた後で、少しあとで彼はリンチで死んだことを知ったそうです。

 

この2つの死にまつわる体験が『青い凧』にも色濃く現れているように思います。決死の覚悟で撮った作品で、かつ自分のためだけでなく言葉を発することなく死んでしまった人たちの代弁であるかのように映画は物語ります。

映画ってもうもの言えぬ人たちの世界に属するものなのかなとも思いました。

 

↓『青い凧』全編 英語字幕


藍風箏 The Blue Kite 1992

 

【参照】田壮壮インタビュー

www.youtube.com

 

 

Julia Michaels-Worst In Me 和訳


Julia Michaels - Worst In Me (Stripped) (Vevo LIFT)

 

 

Yeah
Remember when I used to be happy for you
You could go out with your female friends and I'd be totally fine
Remember when you used to be happy, for me
You'd celebrate all my success without crossing a line
 
Now it's like we're scared of getting good
'Cause we know the truth is that we could
Yeah we know that we might actually work
And the truth is that we could
思い出して、昔あなたが女友達と遊びに行っても
私は大丈夫だった
思い出して、昔あなたは私の成功をいちいち心から喜んでくれた
まるで自分のことみたいに
今の私たちはまるで、正しいことをすることにビビってるみたい
だって、ホントは出来るって分かってるから
私たち案外うまくいくかもって分かってるの
ホントは上手く出来るの
 
 
But maybe it's the worst in me
 
That's bringing out the worst in you
I know we could fix these kinks
But the worst in me doesn't want to
Work on things
But the best in me wants to love you
But the worst in me doesn't want to
でも私の最悪なところが
あなたの最悪なところを引き出してしまう
こんなひねくれ私たちは乗り越えられるって分かってる
でも私の最悪な自分は、やりたがらないの
でも私の最高な自分はあなたを愛したい
でも私の最悪な自分が、そうじゃないの
 
 
It's almost like I've gotten so used to resentment
But every annoying little thing you say has lost it's effect
It's almost like it's made you a little bit bitter
When I don't always react the way you expect
 
It's like we're scared of getting good
'Cause we know the truth is that we could
Yeah we know that we might actually work
And the truth is that we could
 私はブチ切れるてることに慣れてしまったみたい
あなたのうっさい小言は効かなくなったわ
私がいつもあなたのお望み通りにするわけじゃないから
あなたはほんの少し冷酷な人間になったみたい
今の私たちはまるで、正しいことをするのにビビってるみたい
なぜなら、ホントは出来るって分かってるから
私たち案外うまくいくかもって知ってるの
ホントは上手く出来るの
 
 
But maybe it's the worst in me
Bringing out the worst in you
I know we could fix these kinks
But the worst in me doesn't want to
Work on things
But the best in me wants to love you
But the worst in me doesn't want to
でも私の最悪なところが
あなたの最悪なところを引き出してしまう
こんなひねくれ私たちは乗り越えられるって分かってる
でも私の最悪な自分は、やりたがらないの
でも私の最高な自分はあなたを愛したい
でも私の最悪な自分が、そうじゃないの
 
 
 
I won't hurt you again if you won't, if you won't
And baby I won't lose you again if you won't, if you won't
Remember when I use to be happy for you
 
私はもうあなたを傷つけない。あなたもしなければね。
あなたを失ったりしない。あなたもしなければね。
思い出して、私があなたのことを自分のことのように喜んでいた時のこと 
 
But maybe it's the worst in me
That's bringing out the worst in you
I know we could fix these kinks
But the worst in me doesn't want to
Work on things
But the best in me wants to love you
But the worst in me doesn't want to
でも私の最悪なところが
あなたの最悪なところを引き出してしまう
こんなひねくれを私たちは乗り越えられるって分かってる
でも私の最悪な自分は、やりたがらないの
でも私の最高な自分はあなたを愛したい
でも私の最悪な自分が、そうじゃないの

【アルバニア旅行①】24才女一人、ガイドブックを持たずにParis-Tirana

アルバニアってどこ

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ベラト城跡の景色

有名歌手ビービー・レクサはアルバニア系。マザー・テレサアルバニア出身。

だからって訳じゃないが、2016年10月私はアルバニアを訪れた。

話逸れるけど、その半年後私は就活中に何度も「ひとり旅で訪れたアルバニアの魅力を書籍or番組で伝えたい」とよく出汁に使ってた。

結果どこの企業にも就職せずNHKアルバニア旅行ドキュメントを撮ることも、雑誌で特集記事にすることもできず2年という月日が過ぎようとしている。もちろん就活に失敗したのはアルバニアのせいじゃない。

就活中も、なんならその前もずっと思ってた。

 

記憶が鮮明なうちに記録に残したい。

一人でも多くの人にアルバニアについて知って欲しいし、旅の選択肢の一つにして欲しい。アルバニアギリシャの北隣の国でモンテネグロマケドニアと国境を接しているのでヨーロッパ/世界一周中で通過する人は結構いるみたいだけど「私、アルバニアいってくる!」ってわざわざ行く人はあまりいない。「ヨーロッパの国は全部行ったよ」っていう人にも「じゃあアルバニア行った?」って聞くと高確率で「え?アルバニア?は行ってないな」と言う。むしろヨーロッパの国であると認識されていないと言っていいかもしれない。

それどこ?はフランス語でC'est où(セウ)

私はパリのオルリー空港からアルバニアの首都ティラナ行きの飛行機に乗った。空港のターミナルはヨーロッパ行きの便とそれ以外の国や地域に行く便とで別れていたため、入り口でチケットを確認される。係の男が「どこに行くの?」と聞いてきて「ティラナ、アルバニアだ」と言うと「それどこ?ヨーロッパ?」と聞かれた。「ヨーロッパだよ」と言ってチケットを見せるとバーコードをリーダーで読もうとしたがなぜかエラーになった。「ヨーロッパ以外はもう一つのターミナルだから」あっち、と私は促される。「アルバニアはヨーロッパだ」と私は譲らずに言うと男はしょうがねぇと言わんばかりにバーコードを機械で読み込もうとするが、私から見ても機械は反応してない。男が首を横に振りながら諦めようとした瞬間「ピッ」という音と共に読み込まれた。どうやらアルバニアはフランス人やバーコードリーダーにとっても不覚の国らしかった。

girls be ambitious

当時私はパリでホームステイをしていた。ホストのマダム・フランソワーズの母親は元フランス領インドシナで50代で結婚し、4人子供を産んで育て上げた。また脇道に逸れるけど私は個人的にこの逸話が好きだ。マダムに「彼氏いるの?」と聞かれ、「いや〜私は全然そっちはだめなんすよ〜」と言うと「大丈夫よ〜私の母は私くらいの年で初結婚&出産したんだから、しかもインドシナで!」と言った。

マダムは兄弟の中で唯一のショートスリーパーで、小さい頃から誰よりも早く起き、家事や朝食の準備を他の皆んなが起きる前にやり終えていたそうだ。商社やら、コンサルやらジャーナリストやら色々なビジネスを経験したマダムは常にアジアにアフリカにフランスの国内に移動する人生だったので「一つの場所に止まる人生というものが想像できない」と言っていた。

ある日私は言った「来週からアルバニアに行ってきます」

マダムは少し考えて「アルバニ・・私は言ったことないわ・・で、どうして?アルバニアの何があなたの興味を引いているの?」

アルバニアの魅惑にとらわれて

私は中学生くらいの時、地球の歩き方を読んで世界一周妄想するのにハマっていた。そして地球の歩き方「ヨーロッパ」の最後の白黒ページのほんの数枚割いて紹介されていたアルバニアという国に釘付けになった。地球の歩き方アルバニアをヨーロッパの国として扱っていたのだ。そこには「ヨーロッパ最後の秘境」と書いてあった。

そして国旗。「アルバニア 国旗」で検索すると「コワい」が出てくるが、当時の私は「かっけ〜」と思った。『カリオストロの城』に出てきそうな双頭の鷲に赤バック。

 

アルバニアはヨーロッパで、でもイスラム教国家で、大戦後鎖国していて、共産主義国家になって、今は鎖国解いたけど、まだ貧乏な国でミステリアスな気がして」

 

さらにこの憧れを完成させたのはアルバニア人ノーベル賞作家イスマイル・カダレの『夢宮殿』だった。国家機関の“夢の検閲部門”で働いている少年が主人公の中編小説だ。こんな小説を読んだことは今でも昔でも初めてだった。

 

マダムは心配そうに言った「親御さんには言った?親御さんはこの旅行についてなんて言ってるの?」「心配してたけど、私が行きたいなら行けばって」

嘘をついた。私の親は23になる娘がパリに行くというのが心配で、友達の友達の友達の友達の知り合いくらいのツテでパリ在住の“知り合い”を見つけ出してCDGからパリの中心部にあるホームステイ先までの送迎を依頼したくらいの心配性だ。「一人でアルバニア行く」なんて言おうものなら大使館に電話して全力で止めるだろう。

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こうして10年来の憧れの地、アルバニアに旅立った。

一番安い便だったので朝の3時に起きて、まだ暗いパリの町をバックパック一つで歩いた。パリは地下鉄は終電があるがバスは24時間走っている。空港まで1時間近くバスに乗った。

途中、夜勤帰りの黒人の男でバスがいっぱいになった。外は倉庫か工場のように見えた。乗客の男たちは疲れで目がギラギラ光っていた。

私は大興奮だった。これぞ旅だ。エッフェル塔にクロワッサンにキャリアウーマンのマダムだけがパリじゃない。マダムは「移民がフランス人の職を奪ってる」と言ったけど、本当なんだろうか?真夜中のきつい仕事をやってフランス経済に貢献しているじゃないか。彼らが労働からすし詰めバスで帰宅し、夜に潜りこんでから、プチパリではクロワッサンの朝が明ける。

私はこれからヨーロッパの夜へ旅立つんだ。

 

人に声かけることがまずできなかった@Tirana

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アルバニアの首都ティラナに到着した。

空港では日本のパスポートを見慣れていなかったのか、検問の人が私のパスポート片手に奥に引っ込んでしまう。やましいことは一つもないのだけどやっぱりドキドキする。10分くらいはいなくなっていたと思う。

ボンと入国の印を押してくれて見てみると、ただの日付だった。がっかりだ。双頭の鷲のデザインのスタンプだったら一生の自慢になるのに。入管を通ると、両替所があったので両替した。多分500ユーロくらいを両替したのだが、2000レク札が何十枚と渡された。どっからどう見ても大金で、怖くなった。両替の人も、「こんな小娘がこんな大金持ってるから強盗が儲かるんだよ」と不道徳なものを見るような目をなるべく私の目と合わせないようにささっと大金を渡した。

空港から出ると、一人、アルバニア人のおっさんが目を合わせてきた。すると黙って「(向こうだよ)」というように指をさした。「(うん)」と頷いてそっちに歩いて行くと、バスというか、バンとマイクロバスの間くらいの乗り物があって、おっさんが数人世間話をしていた。「ティラナ・市内行き」なんて看板はなく、バスにも何にも書かれていないので素通りした。おっさんの一人が私をチラっと見たが、気に留めなかった。しかし改めて自分の行く先を見ると何にもなかった。タクシーすらない。Uターンしておっさんのあたりをうろうろするが、目を合わせてくれない。どちらせよどうやって市内まで行くか聞かなければならない。「あのう」と私が声をかけた瞬間「ティラナ?」あぁこれに乗んなよとバスの中に促された。これで合っていたらしい。発車直前にお金を回収されていざ出発。

アルバニアは始発と終点地はなんとなくあるらしいが、途中停車地はないらしい。その都度乗客が「そこらへんで止めてくれ」と立ち上がって、下ろす。道端で人が手をあげると止まって乗せる。

ティラナの市内らしい所に到着した。他の客は皆んな途中下車していて私だけだった。「終点だよー」って声掛けもなく、バスの溜まり場みたいな所に止まると運転手は降りていってしまい、人と立ち話をはじめた。

バスを降りた。私はその時ガイドブックも持っていなければ、Wifiをどっかで拾ってグーグルマップを使おうという知識すらなかった。宿だけはBooking.comで予約し、そのページをiPhonesafariに残していた。当時はクロームすら使っていなかった。でも都会みたいだし、歩いていればそのうち中央広場に出て、自力で行けるのではないかと思った。外国人はタクシーでボラれるという話を聞くし、どっかへんな所に連れて行かれたら怖い。歩いた。

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ノスタルジックなマネキン

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工事現場見物してるおじさんってどの国にも結構いる

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ティラナの街を散歩

街中はよくいうノスタルジーにあふれていた。やっぱり共産主義の名残が色濃く残っていて既製品などがアウトブモードという感じで、中国のちょい田舎の感じを思わせた。洗濯物が干して合って、おじいちゃん達が道端のたまり場でお茶飲みながらお話ししてて、高層マンションが遠くに見えるけど、基本的に低い建物しかなくて、人も車もすっごく多いけど、みんな誰かと話していた。廃墟寸前の建物もあって、木がコンクリを侵食している箇所があって、人の生活と暖かさが感じられた。

そんな風に一人たびの1歩目を噛み締めていた私は、最初はよかったけどだんだん暑くなってきた。喉も乾いたけど、地元民のたまり場で飲み物を買う勇気もなくて途方にくれた。

アルバニアは驚くほど単一民族で、アジア人なんて一人もいないし、アフリカ系とか金髪ゲルマン系の人もいない。街にいる人皆んなインド=ヨーロッパ系かラテン系の見た目だった。外国人が一人もいない。首都で、こんなにも都会なのにこれはかなりの異常事態に思えた。そしてさらに理解しつつあったのは「私は空気」だということだ。こんな目立つアジア女が一人歩いてたらジロジロ見たり、「どこ行くの?」って客引きされたりしても良いものだが、それが全くない。誰も私を見ようともしない。

そうか、そういうことか。アルバニアはヨーロッパ最貧国。観光産業すら産業として成り立たないから、客引きなんていない。アジアの国のように、あえてこの国に来て一儲けしようと思う外国人もいないから、外国人がいたとしてもどう接したら良いのか分からない、外国への耐性が全く付いていないのだ。つまり、こちらから声をかけない限り、何も始まらない。

もうすでに通った気がする場所を3周くらいして、やっと決心が付いた。よし、タクシーに乗ろう。ぼったくられるかもしれないけど、背に腹はかえられん。そこでまた困難に直面した。タクシーらしきものは道端に停車してるが大体空なのだ。多分運転手はどっかでチャイでも飲んでいるのか。それか、あのちょっと離れた所に突っ立ってる人が運転手なのか?確信が持てない。またさらに大きく2周くらいする。もう喉のカラカラで疲れた、よし、あのメガネかけた男の人、タクシーから今降りてボーと突っ立ってる。話しかけよう。私がその人の所に向かって歩いて行くと目があった。でも何もなかったかのように目をそらされた。構わずさらに近付いていき、ついに声をかけた「タクシー行きますか?」汗だくのアジア女、やっと一人旅で声をかけることに成功した。「あ、うん」というように車に乗せてくれた。

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革命家を飾ったホステル

共産主義革命とアルバニア

運転手に予約した宿の住所を見せると、「ああそこね」とわかってくれたようで走り出した。繁華街っぽい所にさしかかった。運転手は「ナンバーは?」というようなことを聞いて来た。さっき住所見たじゃんと思いながらまた、iPhoneの画面を見せた。「だからナンバーは?」と、「その名前の通りにもう着いてるんだ、番号は何番だ」と。え、知らないというと、運転手は怒り出した。「ナンバーが分からなきゃどうやって行くんだ!」と怒鳴った。私も自然と大声が出ていた「自分はこれしか持ってない!」運転手は車を止めた。ああここで降ろされるのかなぁと思ったら、電話して聞け、と言う。電話番号は書いてあったけど、自分のiphoneではできないから「ディス・ナンバー」と画面を差し出した。運転手はホステルに電話して聞いてくれた。宿に着いた。タクシーはやっぱ高いと思ったけど、何にしても自分一人では絶対にたどり着けなかっただろう。あの運転手も道が分からないなりに、他のドライバーにききながら、最後には電話しながらもこうして最後まで送り届けてくれたし、「ありがとう」と行って別れた。向こうも「ありがとう」と言ってくれた。

ホステルは社会主義者のヒーローたちが飾られてる、イカしたインテリアだったけど、ドミトリーの部屋に宿泊者は自分一人だった。あと何人かフランス人観光客が来ていたみたいだ。ホステルでマップをくれたので、そのマップを頼りに散策に出かけた。明日にはティラナを離れる予定だったので、どこでバスに乗れるのか聞こうとツーリスト・オフィスに行こうとしたけど結局たどり着けなかった。親切な女性のお巡りさんが「大丈夫?」と声をかけてくれて優しく教えてくれたが、そこには何もなかった。近所に高校みたいなのがあって子供達は私をジロジロ見、「ニーハオ」と言った。どこの国でも子供は正直だ。仕方がないので、大通りを歩いて博物館に行った。途中で正教会があったので入ってみた。「とりあえず無事に帰れますように」とお祈りをした。教会はすごく新しかった。もちろんモダンというわけでもなく、ただ少しがっかりする新しさだった。「共産主義時代に古いものは壊してしまったんだろうな」と思った。

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国立歴史博物館

博物館に到着。館内は暇そうな監視員とチケット係以外誰もいなくて静かだった。一瞬中国人のツーリスト集団とすれ違った。「ああ中国とは仲良いんだよな」と実感。

私は大学受験のとき世界史を選択していた。世界史でアルバニアが登場したのは第二次世界大戦後、すなわち現代史のときだ。中ソ論争で中国側に着いた唯一のヨーロッパの国、というかカンボジアともう片方の国として覚えた人も多いかもしれない。

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↑中国側についた国が、黄色。ソ連側についた国が赤。中立が黒。

 

ヨーロッパにある黒い塊がユーゴでその南にポツンとある黄色がアルバニアだ。アルバニアは戦後スターリン主義者のエンヴェル・ホッジャが人民共和国を樹立。お隣のユーゴとはコソヴォ問題で対立し、ソ連スターリン批判を行ったためこれとも敵対。中ソ論争では中国側について、近隣の国とは交流を持たず鎖国状態になった。この時に大量の武器が生産され、経済が墜落したことが現在まで影を落としているとされている。毛沢東の死後、中国とも断交し、何と1990年になってやっと解放されて民主主義政権が一時成立したが、混乱し、今は社会党が政権をとっている。

1991年のソ連崩壊に続く東欧革命の一環としても捉えられるかもしれないけれど、私はアルバニア独特だなーと思う。

19世紀末に民族意識の昂揚から、国家が形成されるまではバルカン半島の国々と同じような歴史だ。

ギリシャ植民市→ローマ帝国→ビザンティン→オスマンファシストとかソ連→ユーゴとかソ連→独立

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東洋っぽい雰囲気のイコン

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1−4世紀ごろアルバニア人の祖イリュリア人の精神文化を表したオイル・ランプ

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モスクで祈る人

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気性や見た目がラテンぽいアルバニア人



ラテン+ビザンティン+イスラムアルバニア

なぜアルバニアだけここまでイスラム教徒が多いのか?お隣のマケドニアだってブルガリアだってオスマン帝国支配下だったのに、アルバニアだけなぜ正教徒からイスラム教に改宗した人が多いのか。私はこれになんの科学的な仮説も考察ももたらせないけど、アルバニア独特の寛容さが一因にあるのではないかと思った。「外部のものをあえて拒否もしないし、特別歓迎もしない」という態度。

アルバニアの町には絶対に正教会とモスクが両方ある。イスラム教ながら、イコンを飾るお家も多いという。さらに面白いのは、アルバニア人は概してイタリアが好きということ。イタリアは海を挟んだお隣さんだが第二次大戦中にアルバニアに侵攻した歴史がある。その影響かアルバニア人の多くは英語よりもイタリア語が喋れるという人が多い。でも「なぜイタリア語を喋れるのですか?」と聞くと「イタリアが好きだから」という。絶対いう。

イワン雷帝のようなぶっきらぼうで神秘的なビザンティン、香り高いチャイにモスクのイスラム文化、ラテンの甘いものとおしゃべりが大好きな快楽主義、共産主義の栄光と挫折の苦味これらがシェイクされたカクテル。アルバニアが好きな理由はこれだったんだなと思う。ギリシャにもイタリアにもトルコにもロシアにも近い国。

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革命フロア

でも実際博物館なんかをみて、文化の影の薄さと社会主義時代の血と鉄の匂いの強さっていうのを感じた。絵画とか映画とかない。全部鉄に溶かしちまったのかってくらいその分迫力の銃のコレクションやら大砲の列で博物館が埋まってる。

 

ただコミュニスト・ホステルに戻って思ったのは都会は都会だな、ということ。モノやお店や人と車が多い、ティラナの場合はプラス野良犬が多いのだけど。根の部分でそれがどの国というか都会は都会。面白い部分は見れないなと。明日はバスに乗って違う町に行こう。そう思いながら眠りについた。正直初めての本格的な一人旅でいろんなことが怖くて1日目はご飯を食べられず、パリから持参したクラッカーと、かろうじて買った水だけ食べて寝てしまった。

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ティラナでよく見かけた広告

 

 

 

【アルバニア旅行②】バスの乗り換えと現地の男などTirana-Berat-Pogradec

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ベラトの城跡にあったお土産屋さん

Googleマップを使えって話

翌朝、コミュニスト・ホステルを後にした。バス停はどこかと聞くつもりだったけど忘れてしまって、また取り敢えず歩いた。朝のティラナは野犬の群が会議している以外は変わったところはない。何となく道端で「やあ」って話し始める人が多い気がしてやっぱラテンだなと思う。歩いてもバス停らしき所に着きそうにないので、「旅行会社」と書いてあるお店に入ってみた。

 

鳥「エクスキューズミー」

女の人が顔をあげる「ノーイングリッシュ」

 

 

喋っとりますやん。もう1軒入ってみた。

 

 

鳥「すみません、バス停に行きたいのですが」

おじさん「(怪訝)何のバスだ」

鳥「他の町に行くバスが発着する駅があるでしょう?それどこ?」

おじさん「だからバスでどこ行くんだ」

鳥「まだ決めてないけど、とにかくバス停に行きたいのよ」

おじさん「(イラっとしながら首を振る)」

鳥「じゃあ、わかったベラトってとこに行きたいの」

おじさん「(めっちゃ切れてる)知らん」

 

結構心折れる。嘘、そんな。長距離バスが発着する拠点ってそんなたくさんあんの?

それか、そもそもティラナから地方に行く人がいないとか?確かに旅行会社の外壁にはパリ行きいくら、とかNY行き、ローマ行きっていう字しかない。外国に行く航空券とかツアーを売っているようだ。国内旅行しないのか?

 

とりあえず、ティラナから近いベラトっていう観光拠点に行くことにして聞いてみた

 

鳥「すみません、ベラトに行く方法を知りませんか?」

おばさん「(口角下げて首を振る)」

 

これ×3回くらいあった。ベラトは私がネットでチョチョイと調べてヒットするぐらい有名な観光地なはず。なぜみんな知らない??もしかして英語喋るのめんどくて首振ってるだけ??泣きそうな顔でもう一軒入った。

 

鳥「すみません、ベラトっていう所に行きたいのですが行き方知りませんか?」

お姉さん「ベラト?知らないわ」

鳥「あぁそうですか・・・」

お姉さん「でも私のお友達がこの前遊びに行ったって言ってたから電話して行き方聞いてみるわね」

鳥「!!(天使降臨!)」

 

お姉さんはその場で電話して、聞いてくれた。その後グーグルマップを印刷してくれて行き方を懇切丁寧に教えてくれた。「○番のバスが中央広場から出るから、それに乗って何個めのバス停で降りるのよ、目の前にバスステーションがあるはず」「あ、ありがとうございます!!」本当に死ぬまで忘れないこの優しさ。お姉さんはメガネをかけていて頭が良さそうで、事実英語が流暢で、テイラースウィフトをスピカーで聞いていた。イタリアよりもアメリカ文化が好きなのかもしれない。

実はバス停が2つあり、行き先によって区別があって一回まちがった所に行ってしまったが無事についた。バスに乗ると達成感でいっぱいだった。普段は滅多に自分から声を上げない自分が一人旅で他人に尋ねるという原始的な方法で旅してる!すごい私!

この1週間後グーグルマップを使えばwifi環境で設定して、wifi環境から外れてもGPSは使えるので誰にも聞かなくても目的地にいけると学んで無知を恥じるが。

 

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多分ベラトはギリシャにすごく似てる

2、3時間でティラナからベラトについた。そこからは怖いもの知らずだった。すぐに駅にいる人に聞いた「中心部にはどう行けばいい?」「そこからバスが出るよ」バスに乗ってからも運賃徴収係にすぐ聞いた「ここに行きたいの(目当ての宿の住所を見せる)」「(黙って頷く)」バスがしばらく走ると止まった。運賃徴収係は私をみて頷く。当たり前の事が出来るって素晴らしい。

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そこは確かに街の中心に近いようだった。並木道があってすごく気持ちがいい。ティラナの騒音と埃から解放されてベラトは太陽が澄んだ空気を通ってキラキラしてた。前方からおばさんが一人歩いてくる。すかさず声をかける。「ここに行きたいんです」おばさんは少しびっくりしながらも、おいで一緒の方向だよって感じで手をふる。話しかけてみた。

鳥「英語しゃべれますか?」

おばさん「あぁ、英語はちょっと」

鳥「私イタリア語少ししゃべれます」

おばさん「え、ほんと?」

そこから何歳?とかどっから来たの?とかどこ行くの?とか簡単なことを大学1年時に少し学んだイタリア語で話した。アルバニア人って照れ屋だけど話好きだ。すると自転車に乗ったおじさんがどこからともなく現れた。普通に英語を喋る

「へーい、どっから来たんだい」

おじさんはなんと客引きだった!アルバニアでも観光地だもんね!すごく嬉しくなった。なんでもおじさんのうちはホステルらしい、ベットが一つだけ余ってるからどうだ?という話しだった。ドミトリーで値段も安かったので即決。ついて行った。ベラトは山の合間にある街だった。川が中央に流れてて、川の向こうにはお目当ての場所らしい美しいギリシャ風の白い建物の旧市街があった。おじさんのホステルもそこにあって、驚くほど清潔で広々としたドミトリー部屋にベッドが3つ。確かに後の2つの横には荷物が置いてあった。

 

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ゲストハウス・ロレンツ清潔で面白いオヤジがいます

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ベラトの旧市街

おじさんはウェルカム・ワイン(自家製)を振舞ってくれて、庭でそれを飲んだ。イメージはまさにギリシャ。空気は綺麗で、肌に心地よく涼しい。猫がそこらへんにいてみんな毛並みがいい。緑の庭はいい適度に手入れされていて落ち着いた。おじさんはアルバニア語を少し教えてくれた。そのまま素敵な庭で日が沈むまでゆっくりしていてもいいかなと思ったけど、お散歩にでた。

ベラトはこじんまりした、くつろげる町だ。観光できるところはホステルのある旧市街と川の向こうにある城跡だけ。城跡までの道はもちろん上り坂だったが、本当に誰もいなくて落ち着いた。余りの気持ちよさに何度も伸びをした。

ひとに声をかけることの恐怖に打ち勝った私は、

一人でいるアメリカ人の女の子に声をかけた。

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海外女一人って目立つから自分から話しかけた

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ベラトの城跡にある正教会

外国では日本ほど一人旅は普通ではないように思う。男一人はまだしも、女一人旅をしている人に私はまだお目にかかったことがない。だからその白人女性というか私と同世代(20代前半)くらいのを見た時は胸が踊った。ベラトの唯一かつ小規模な観光地では動線は一本なので同じようなスピードで観光していると、声かけないと嫌っているみたいじゃない?っていう違和感があって何度かすれ違いざまに会釈した後私から声をかけた。

鳥「Hi あなたも観光客ですよね?どこから来たんですか」

彼女はアメリカ人だった。確かに外見は体型がずんぐりしてて、最低限の機能性と低コストを実現させた大量生産の服でアメリカンな感じはしていたが、喋ってみるとニコッと笑って声があんまり大きくない感じがアジア人の私としては好感がもてた。でも、割とすぐに言った。「彼氏とヨーロッパ一周旅行をしているのだ」と。そーかー・・・と若干失恋したような気持ちになった。彼女はベラトに着いた日からひどい熱が出ていて、今日の午後までずっと寝込んでいたそうだ。彼氏は彼氏でどっかに行ってるらしい。お互い名前を自己紹介したが、二言目ぐらいでどちらもおそらく忘れ、you and meで話しながら城壁を下った。彼女は私の30ユーロぐらいで買ったプラスティックの黒いワークブーツを褒めてくれた。いやいやH&Mだよというよくわからない謙遜をしてしまって自分も日本人だなと思った。彼女はアメリカで看護師をしていて、それが大好きな仕事だし、もともと働いていた職場はの人が最高だったと懐かしそうに言った。ただとても仕事が忙しくて休息が必要だと判断し、バーテンダーの彼氏もそれに便乗して二人でヨーロッパ旅行をはじめたそうだ。私は当時文学部の学生だったのでそう言うと、彼氏も大学で哲学を専攻しているが自分の職業と専攻を変えたいと言っているそうだ。今自分探し中なのだ、と。やっぱり文系はフラフラした人生を送っているものなのかなと思った。彼女とは新市街の入り口で別れた。自分の大好きな職業があって、彼氏もいて、働きすぎた自分の「休息」という目的のために旅をしている彼女が羨ましかった。それに引き換え、自分は目標も目的も彼氏もなく異国の地を彷徨う空気のような日本人。でも待てよ目的ならある。私はアルバニアに来て映画が見たいと思っていた。私は外国に旅行したら絶対映画館に入る。ティラナにも映画館があったけど、『ブリジットジョーンズの日記3』とか洋画しか上映されていなかった。ベラトは観光地だし、街も栄えているから映画館もあるだろう。

“現地ヒモ”とは、その性質と対策

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ベラトの城跡からの風景


そんなこと思いながら新市街を歩いていると、サングラスをかけた怪しい男にナンパされた。男はいきなり「ビューティフル」と私に言って私の横に着いて歩いた。「そこのバーでテレビ見ながらビール飲まない?」と誘ってきたが私は映画館を探していたので「ここに映画館ってない?」と聞くと、「映画館・・・」と考え込んだ。「チーネマだよチーネマ」と私がいうと、分かった!と言って案内してくれた。

これが私の人生初の“現地ヒモ”との出会いだった。現地ヒモとは“現地妻”から連想して私が勝手につくった男の種類だ。「発展途上国の観光地で、一人でいる外国人の女の前によく出没する現地の若い男」と定義している。彼らの90%(国によって違う)はボッてやろうという悪意はなく、ただ外国の女の子に声をかけて仲良くなり、食べ物や酒を奢られたり、観光案内をすることでプチデート感を味わうことが目的だ。チップがもらえたり、デートがもっと先まで発展すればなおのことよしだろうが。特にイスラム教の地域や閉鎖的な地方では、日本では当たり前の惚れた腫れたで付き合って、熱り冷めたら別れっていう活動を現地の女とやるのはリスクが高かったりする。それこそ“プライベート”な問題には止まらない。また一方で、見慣れない土地を一人で旅している女は一時的に現地のことを知る無害な男が隣にいてもそれはそれで迷惑ではないし、むしろその地域特有の文化を知り得るので歓迎なのである。そんな需要と供給に見合う形で現地ヒモというのは世界中の観光地に生息している。

要は生理的に嫌じゃないなら一緒にいても良いと思う

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正教会の中


私が出会ったこの現地ヒモ第一号は私を映画館に案内したが、そこはもうすでに廃墟になっていた。今はネットにいくらでも映画が落ちているし、映画よりもテレビを見るので映画館行ってわざわざ映画を見ようという人はいないのである。

彼も英語よりもイタリア語をよく話した。イタリアがシーズンの時には出稼ぎに行くそうで、今はシーズンが終わってしまったので実家に帰って、仕事もせず暇を持て余しているのだそうだ。彼はビールを飲みたがったが、私はコーヒーならいいよと言った。彼は映画の代わりにテレビがあるお店に連れて行った。カフェの下にはスイーツ屋さんがあって男はショーケースに並ぶなにやら白いパフェのようなものを指差して、これはすごく美味しいから買ったほうがいいと言った。「あなたも食べんの?」と聞いたら一回「いや俺はいいよ」と遠慮して首を横に振ったが、思い直して「2つください」と店員さんに言った。もちろん私が払った。上のカフェに持っていき、わたしはコーヒー、男はコーラを頼んだ。あとで私が払った。男は黙々とスイーツを平らげ、一瞬でコーラも飲み干すとテレビの方を見ながら暇そうにしていた。男は英語が苦手で、私のイタリア語は入門レベルだったのでやはり間が持たない。店員や配達の兄ちゃんたちが男に話に来るたびに、男は私を紹介した。すごく愛想がいい人ばかりでみんな私と握手をした。しつこくこれから飲みに行こうと誘われたが、自粛して宿に帰った。帰り道はもうすでに暗く、山からの風が冷たかったが、通りには私と逆の方向、つまり新市街の方に多くの若者が歩いて行った。中には女子も少なからずいて、イスラム教の地域にしては珍しいと思った。ヒールにスキニーデニムに革ジャン、頭にストール巻いた姿で歩く女子たちは私のことを見て微笑んだ。「え、もう帰るの?」と言うように。飲みかクラブにでも行くのか、あの好青年たちと私も行けばよかったな、と思った。

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自分の存在を意識的に無にする技術をもつ旅人

宿に帰ると、2人の宿泊者がすでに帰っていた。1人は金融機関で働いているという台湾人中年女性、1人は世界一周中の日本人青年だった。そこにいる3人とも一人旅中でアジア人なので同胞と巡り会えたようで心が和んだ。結局一人旅といいつつ、以外に一人ではないし誰かと一緒にいる時が一番楽しい。日本人青年は理系の大学を卒業して、一般企業に就職したがつまらなくて辞めて、アメリカに留学し、日本に帰りたくなくて世界一周を始めたそうだ。すごく早口で英語を喋るところが頭の回転の速さを物語っていた。台湾人は金融機関で働きながら、こうしてよく弾丸一人旅に出るのだという。今回も1週間でアルバニアマケドニアを通ってブルガリアに行くと言っていた。「やっぱり一人旅のほうが自由自在に動けるからいいわ、でも現地の人に『お前一人か?』って聞かれたら『友達と来てるのですが、別行動なんです』って言うようにしている」といってた。私は次の日彼女が旧市街を観光しているのを見たが、帽子に口元を隠すスカーフに、サングラスをしていて一瞬誰だかわからなかった。小柄な体で大きなカメラで写真を撮っていたのだが、なぜか黒子のように目立たない。場数踏んだ玄人だなと思った。

その日の夜は宿屋の主人がいきなりオペラを歌って踊り始めたと思ったら、一転シャワールームに髪の毛が落ちていると怒った以外何もなく平和に眠れた。この主人は多分すごく潔癖で自分で客引きしてアジア人だけを泊めるようにしているのだろう。なんにしてもその宿は本当に綺麗で落ち着くのでもう何日か泊まりたかった。またアルバニアに行ったら泊まろう。

無人の荒野に置き去りにされた

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翌朝シンプルで素敵な朝食をたらふく食べてベラトを後にした。急ぐ必要もない気がしたが、ベラトでアルバニアの面白さに開眼した私はもっといろんな所に行こうと思ったのだ。私の次なる目的地はポグラデッツという湖の町に決定した。ベラトからポグラデッツに行くには、エルバサンという所で乗り換えなければいけないと宿の主人に教わった。私はエルバサンという所にまたバスステーションがあってそこで、ポグラデッツ行きのバスがあるんだろう、と思っていたが違った。エルバサンで降りて「ポグラデッツに行きたい」と言うと何やら運転手の間で議論が交わされ始めた。7、8人が集まってアルバニア語でなんかんやと話していて、私はそのうちの一人の運転手のミニバンに乗ることになった。「へぇ、今度はバンかーポグラデッツってマイナーなんかな」と思いながら、バンが走ること30分。ただの道路でバンが止まった。私以外に2人バンから降りると、運転手は私の方を見て

「ポグラデッツ?」と聞いた。私は

「(首を縦に振って)ポグラデッツ!」と言った。

運転手は私に降りるように言っているみたいだった。「え、もう着いたの?」と思って降りてみると、本当にただの道路で街というかバスステーションですらない。いやいやこんななんもない所が日本人がちょちょいとリサーチしてわかる観光地なはずない。と思って、運転手に

「(指を地面にさして)ポグラデッツ?」

と聞くと運転手はもう低速で走り出しながら、「(そこだよ)」みたいなことを頑張って英語で言いながら、手で止まるようにジェスチャーする。「えぇえここではない絶対ない!」と思いながらも仕方なく、頷いて止まった。私以外に降りた2人もただの道路を渡って道端で立ち止まっている。ここで待っていればポグラデッツ行きのバスに拾ってもらえるんだろうかと思い、その人たちに話しかけた。

「ポグラデッツ?」

「・・・・」

男たちは私のことがまるで見えていないようだった。

もう一度英語で聞いてみる

「ここで待ってればポグラデッツにいけるんですか?」

「・・・・」

男は私の方を見向きもしない。若干うるさそうである。

違った。多分この男たちは自分の家に帰る車かタクシーを待っているのであって、ポグラデッツに行くのではないのだ。多分私の発音が悪すぎて全然違うところに連れてこられたのだ。道路には車がない。人も人家も何もない。とにかく日が暮れる前に町に行かなければ。そう思って歩いた。木も生えていない埃っぽい道路で、バックパックの水はチビチビ飲もうと思った。やっと沢木耕太郎になってきたか・・・と覚悟した瞬間、クラクションの音がププッと鳴った。バンが私の横で低速になる。運転手が私に何かを聞いている。

私は「ポグラデッツ!」言った。運転手は大きく頷いて、早く乗りなよとジェスチャーした。車内にはさっき下車した2人の男もいた。多分「あの子もポグラデッツに行きたいみたいだよ」と運転手に教えてくれたに違いない。相変わらずこちらを見もしなかったが。

ポグラデッツまでの道のりは長かった。4、5時間は走ったと思う。途中途中休憩があって私は男に混じってタバコを吸うと、ジロジロ見られた。初めて人権を獲得したのだ。乾いた岩山が続いて、いくつかの山を越えると、海のように大きな湖が見えた。そこがポグラデッツだった。

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ポグラデッツ オフリド湖沿岸を歩く

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誇張でなく落ち着いた穏やかな気持ちになれる町でした




 

また落ちた・・面接官がムカつく?そんな時は映画『オーディション』をみよう

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祈りメールって傷つく

「また面接落とされた・・・」「私の何がいけないのよ」

志望度が低い企業から祈られても、思いがけず傷ついてしまう。だって人間だもの。特に最終面接なんかで自分の人生の洗いざらいをさらけ出したのに落とされたあかつきには人間性を否定されたような気がしますよね。

 

そんな時には映画『オーディション』のヒロインになったつもりで乗り切りましょう。

映画『オーディション』の魅力

あらすじ

オーディションに来たひときわ目をひく女優志望の美人さん。そんな彼女にプロデューサは下心丸出しで食事に誘い出し、いい仲になるものの、彼女に知らされるのは「今回の映画は企画が流れてしまった」という嘘くさい言い訳。彼女はプロデューサを八つ裂きにする。

見どころ

やはり女優がプロデューサーを八つ裂きにするところは圧巻です。

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すごい楽しそう・・・

多分自分を落とした人間をむちゃくちゃにいたぶる時に人はこんな顔になるんでしょう。

 

復讐は妄想にあり

私たちには面接落とされたなんてくだらない理由で、落ち込んでいる暇はありません。

面接官の自宅に侵入し、お酒に体が麻痺する薬を混ぜ、帰宅を待ち構え、体は動かないまま神経は残るように注射し、凶器を揃え、作業用手袋やエプロンを着用して八つ裂きにしている時間はもっとありません。

だから、

頭の中でやってしまいやしょう。

悪いのはあっちであり、あなたではありません。あなたは貴重な時間をくだらん茶番に付き合わされたのですから、頭の中でこのヒロインになってささっとヤッてしまいましょう。

 

妄想がある程度進んだ時に

「なにも面接で落とされたくらいで、そこまでやる必要ないよ」

って良心が悲鳴をあげたならしめたもの。エプロンを脱がして肩を揉んであげましょう。

 

失恋からさっさと立ち直る方法

私の知り合いで1年前に自分をふった男への未練がたちきれない人がいました。

その人は頭の中でその男に復讐をしたそうです。どんどん復讐妄想はエスカレートしていき、ある日その男を逆さ釣りの刑に処したそうです。

ある日その人は「かわいそう」って気持ちになって男を許せたのです。

許すことは難しい

キリストの隣人愛のごとき無条件の「許し」って人間の中で至高の精神行為ですよね。正直言ってそんな高尚なものに凡人が自分を押し殺して上昇していくのって結構むずいですよ。

やはりそんな時には、マイナスのエネルギーを使うのがいい気がしますね、

マイナスのエネルギーはジェットエンジンです。乗せているものが核兵器でなく「向上心」であれば問題なしです。

 

『オーディション』はアマゾンプライムでみれます

『オーディション』は村上龍原作の一部非常に激しい暴力描写を含みますが、夢と幻想が混じり合った美しい描写も含むサイコホラーです。

私個人としてはサイコ嫌いすぎて無理な人もクッション抱きながらでもみて欲しいくらい面白い映画でした。

サイコの原理は理不尽さであると思いますが、その描き方がラディカルで今見ても斬新だなと目を見はりました。

ロッテルダム映画祭では記録的途中退席者数を打ち立てらしいですが、確かに映画館ではちと厳しいかも)

ともかくアマゾン・プライム会員の人にはおすすめです

 

人と向かい合って話していると鼻が気になるシンドローム

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2、3メートルっていう至近距離で人と話していると、自分の鼻に鼻クソがついてるんじゃないかって感覚に襲われることありませんか?

 

コミュ障の私は家族と話している時以外はほぼほぼこの脅迫観念に襲われます。

 

「あぁ!今この人私の鼻チラッと見て、目そらさなかった?!10分前にくしゃみした時に奥にあった鼻クソが出口まで顔出したんじゃ・・・」

 

で、ナチュラルに鼻をゴシっと指でぬぐう

「いやでも変に動かしてよりかえって目立つ所に置いてしまったかも。。」

駄目押しに紙ナプキンでいかにも「鼻がむずっとしたんです、風邪気味なんです、」を装って乾いた音で鼻をかんでみる。

 

「あれ、花粉症ですか?」

「いえ、ブタクサのアレルギーらしくて・・・」

 

 

もっと気まずいことに、この“鼻クソ不安”って、伝染するんですよね。

 

多分、自分の鼻が気になり始めると、向かい合っている人の鼻をチラ見してしまうので

「っえ俺の鼻元今見たよな」で相手もゴシゴシ鼻をこすりはじめる。

 

 

面白いことにこの現象、ちょっと気になり始めた異性との会話中とかでよくある気がします。

 

 

 

今回はその原因と、対処方についてまとめてみました。

 

鼻クソ不安の原因

 

過去に鼻クソついたまま話していた人を見た気まずいトラウマ

「鼻クソついてるよ」と言いあえるほど相手と親しくない

そんな人が鼻クソが見えるほど至近距離にいる

 

 

心理学では、「鼻を触る」と言う行為は「何かを隠している」または「嘘をついている」サインなんだそうです。

「身構えている」証拠とも言えそうですね。

 

私たちは鼻クソがついているか否かというよりも、

それを見られてしまうほどの距離に、その距離に見合わない人間がいることに不安なわけです。

 

だってそれがお母さんだったら? 本当に愛し合っている恋人だったら?

鼻くそなんて取ってくれますよね。

 

実際、鼻クソ不安は鼻になんか付いているような感覚ははっきりとあったのに

鏡で確認して見たら何も付いてないことも多いです。

 

 

鼻クソは問題ではないのです。

鼻クソ不安症の対処法

 

以上で見てきたように叩ける対象は距離関係性記憶です。

 

距離を叩く場合;

鼻クソが見えないぐらいの距離をとる、対面で話さない

 

関係性;

「え、私もしかして鼻クソついてる?」と聞いてしまう

 

記憶;

「クソは代謝の証、何も恥ずかしがる必要ない」と言い聞かせる。

 

まとめ

鼻が気になり始めたら、距離・関係性・記憶に集中して見てください。

無意識に隠していた相手への本音、意外な発見があるかもしれませんよ?

 

 

 

電車男に激しく同意する点

顔面偏差値75以上の人とまともに会話できないし、そばにいるだけでそわそわして仕事がはかどらなくなる。

こういう人って多いのだろうか?

 

偏差値75ってことはもうそこらへんに歩いているレベルではない

 

東大滑り止めに北京大学かMIT受けよっかなーってレベルである

もはや脳の構造が違うと言っていい

 

顔面偏差値75ぐらいの人と今までどれぐらいあったことがあるか?

私の記憶に残る限り25年の人生で2回である。

ちなみに私は鎌倉でスペシャル・ドラマかなんかを撮影中だった渡辺謙を見たことがあるが、それはカウントしてない。

その時ケン・ワタナベは認知症の夫役か何かだったので、役作りでオーラが弱まっていたのかもしれないが、思ったより背が低い印象だった。

 

一人目バイト先のKさん

背が高く、小顔で、モデルをするために生まれてきたような体だった。

そして顔がいわゆるイケメン顔をかなり洗練したような感じ。

 

「かっこいい」って感情以前にテンパりまくった

 

「〇〇の作り方わかる?」

って聞かれて

 

「え、あの、あ、は、ははははははははい、はいわかります」

 

って完全にキモい人だけどしょうがない

わかるって言ってるのに間違えまくってコーヒーとかこぼした記憶がある

 

二人目中国で見かけた俳優っぽい人

見ただけ。

50メートル先を歩いてて、目があったように思ったけど気のせいかも

 

大陸の人って美しさのレベルが段違いだと感じるのは私だけではない、

「中国人女優が綺麗すぎる」みたいな記事はいくらでもある

ファン・ビンビンとか

 

私が見たのも台湾人俳優見たいな見た目で、

もうね、多分本人はフツーにボケーと歩いてたんだと思うんだけど

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多分真顔がもう

「君を離さない、君は俺のプリンセスさ」

で背景にバラ飛んでる

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いやほんと地で漫画出れるよあんたって

 

人はみな電車男

映画『電車男』で中谷美紀のお家で緊張しすぎて、お茶と一緒に出された角砂糖をバリボリ食べるシーンなんてまさに私のことについて書いてるんじゃないかと思ったくらいで、涙なしには見れん映画。

まあ10年に一人会うか会わないかぐらいの、美女・美男子に最後には告白してしまう電車男ってよく考えたら、すごいやつだなって思ったし、そこが映画的で切ないようなってしんみりしたって話。

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青春18きっぷで旅するとお得感はあるか

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鳥です。

就活も何もかもほっぽり出して青春18きっぷで日本旅してきました。

5泊6日(京都1泊→福山1泊→萩2泊→広島1泊)

東京〜京都の二条 8210円
京都〜福山(広島県 4750円
福山〜宮島口 2270円
宮島口〜萩 4000円
萩〜広島 5400円
広島〜東京 11660円
合計 36290円

 

青春18きっぷを使わないで、鈍行で行くよりも

36290円ー11850円=24440円 特!

という結果でした。

うーん、特なのかどうかよくわからない・・・

 

そんなに特でもない青春18きっぷ

例えば、東京から京都に夜行バスで行くには、平日は3000円で行けます。

6時間、夜行だから宿代も浮くしコスパ最高です。

この場合青春18きっぷを使うよりも、楽だし1000円しか特ではないですよね。

 

私が今回目的地にした辺境の萩市はどうでしょう。

東京から行くにはまず山口か徳山までバスで行き、さらに鈍行に乗り継いで行かなくてはなりません。

ということで、夜行バス6500円+ローカル線2500円9000円かかる

のですが、私がざっと調べた限り、東京から西日本に1日かつ鈍行でいける最高地点って広島なんですね。

だからそれ以上の地点に行くにはどこかで、泊まらなければなりません。

 

山口の場合も結局途中の宿泊代もかかるし、2日分の青春18きっぷを使わなければ行けないので、コストは夜行バス+ローカル線で行くのと同じくらい。

 

この場合、青春18きっぷでトコトコ行く意味って“節約”ではないですね。

 

時間もかかる。電車だから終電がある。そこまで遠くへは行けない。

ってことで、値段だけ見たら、1日鈍行乗り放題で2000円くらいだからとくはとく。

でもあと数千円払えばLCCか夜行バスでより早く快適にいけるって知った上で、青春18きっぷを果たして選ぶだろうか・・・

 

青春18きっぷでよかった点

途中下車可能

電車旅の魅力」ってことです

 

「途中下車」に関しては例えば私は福山から、山口の萩市に行った日に、途中下車して宮島に行きました。

宮島口から宮島へのフェリーも青春18でタダなのです!

 

あとは滋賀県で“関ヶ原”って駅についたときは「おお〜」ってなりました笑

あとは、途中気になる駅があったら下車してみるってことも可能なのが青春18きっぷの醍醐味だと思います。

(実際は特に萩とか辺境の駅がゴールだと、時間が気になってそこまで気ままに下車もできないのが実感ですが)

まとめ

私はもともと移動が好きで、パリからモロッコマラケシュまであえてバスで48時間かけて行ったこともあるくらいなのです。

なので青春18を選んだのですが、

【結論】目的地が明確ならば、他の方法がいいのでは?

って思いました。

新幹線は高いですが、LCCとか夜行バスを1ヶ月くらい前から予約して行くのが一番コスパがいいと思いました。

 

青春18きっぷで東京から京都まで行ってみた

青春18きっぷでひたすら、電車を乗り継いで行く

 

始発で出発

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静岡の車窓から

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寝過ごし豊橋きしめん食べる

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東海道本線豊橋〜大垣間 なんかいい

 

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移動時間計10時間

 

京都の道の広さにびっくり

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京都は大きい浅草って感じ

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でも住むなら京都がいいなぁ

川、都市、歴史

 

泊まったカプセル・ホステル

台湾人運営で新しい

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にしんそば

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鴨川のあたり好き

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青春18きっぷのメリット

・安い

・電車での移動がすきな人にはいい

 

青春18きっぷのデメリット

・意外に寝過ごす!

・新幹線はえーってなる(30回ぐらい追い越された)