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田壮壮『青い凧』中国共産党が怖いもの

田壮壮チャン・イーモウチェン・カイコーと同期でいわゆる「第五世代」に属する中国の映画監督です。

彼は1993年に監督した『青い凧』という映画で、中国当局によってその後10年間監督業を禁じられました。この『青い凧』どれほどの問題作なのか見てみると、過激な描写も主義・主張もなく、人情や時代描写が丹念に描かれた情緒と奥行きのある文学作品のような映画です。なぜ、この作品によって一人の才能豊かな監督の40代という一番働き盛りの時代が失われなければならなかったのか不思議になりました。

 

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チャン・イーモウ『活きる』との比較

中国戦後史を映画いた映画でまず、私が思い浮かべた映画がチャン・イーモウの『活きる』です。共産党の台頭から文革までをとある一家の視点から描いた映画でプロットは『青い凧』と同じです。この作品は中国国内では上映が禁止されたそうですが、チャン・イーモウのキャリアが潰されるには至っていません。

『活きる』ではこんなセリフがあります。

 

「ひよこが大きくなったら、ガチョウになる。ガチョウが大きくなったら、羊になる。羊が大きくなったら、牛になる。牛が大きくなったら共産主義になる」

これは大躍進時代に主人公が言うセリフです。

そして、映画の最後、文化大革命の終盤ではセリフはこう変わります。

「ひよこが大きくなったら、ガチョウになる。ガチョウが大きくなったら、羊になる。羊が大きくなったら、牛になる。牛が大きくなったら、マントウ(孫の名前)は成長してどんどん大きくなる」

 

時代は変わり、その時々で社会や主義が変わっても人は生きていくんだ。そんな普遍的なメッセージをこの映画では主題としていることが分かります。共産党時代ではなくあくまで人間ドラマを描いているのだ、というある種の予防線であるとも言えるでしょう。

さて、『青い凧』の方はどうでしょうか。

主人公が生まれる前、両親の結婚式はスターリンの死によって延期を余儀なくされます。新婚の両親が引っ越してきた四合院は、持ち主の奥さん共産党の追求を逃れるために分譲した一部屋です。そして時代は百花運動で共産党は様々な意見を集めようと、共産党の批判を広く募集します。しかし、のちに批判をした人は右派のレッテルが貼られ弾圧されてしまいます。図書館で働く主人公の父親は右派探しの会議中にトイレに行ったがために、右派にされてしまいます。下放された父親は労働中の事故で死んでします。

『青い凧』はただ淡々とこういった歴史事実を物語の形で私たちに語りかけます。『活きる』のように昨日の敵が吊し上げにあって、昨日の仲間が今日の敵になって、といったエンタメ要素は皆無で、共産党の蛮行を糾弾する主張もない代わりに、主題をオブラートに包むようなこともせず静かに、激動の時代を細部に到るまでを描写しています。いかに資産家や右派といった悪者が生成されたのか、その時代を生きていた人が何を考え、行動していたのか、何回見ても新たな発見があります。

創作秘話;死神との出会い

 田壮壮は1991年に自分の映画制作に対する姿勢を根本から変える出来事があったといいます。それまで監督は映画を自分の仕事として割り切っていて、サラリーマンのように時間が終われば即帰宅し、趣味の将棋や魚釣りをするような人だったそう。

でも40代に入ったある日、滅多に見ない夢の中で死神に会ったのだそうです。死神は雲のような姿で「私は死神だ」といって監督に「私のことが怖いか」と聞きました。監督は「怖くない、あなたは死神には見えない」と言いました。死神は言いました「実際、死というのは全く恐ろしいことじゃない」と

この夢から覚めて、監督は別人になったといいます。一つ心に誓ったのは「自分が撮りたくもないことを撮るのはやめよう」ということ。

『青い凧』はその体験があった直後撮られました。

この作品は田壮壮の幼少期の体験が基になっているそう。彼はご両親共に映画界の重鎮ということで文革の際に身柄を拘束されました。海黙という劇作家が同じ四合院に住んでいたそうで、毎日おしゃべりをしていたのだそうです。ある日彼の家に行くと古今東西の古典の本のコレクションを見せられて「これを全部持って帰れ」と言われた。重いからイヤだと言うと「少しずつでいいから持って帰りなさい」と言われて次の日また行くと、海黙は紅衛兵に連れて行かれた後で、少しあとで彼はリンチで死んだことを知ったそうです。

 

この2つの死にまつわる体験が『青い凧』にも色濃く現れているように思います。決死の覚悟で撮った作品で、かつ自分のためだけでなく言葉を発することなく死んでしまった人たちの代弁であるかのように映画は物語ります。

映画ってもうもの言えぬ人たちの世界に属するものなのかなとも思いました。

 

↓『青い凧』全編 英語字幕


藍風箏 The Blue Kite 1992

 

【参照】田壮壮インタビュー

www.youtube.com